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1万時間の法則・腹をくくる

「1万時間の法則」とは、フロリダ州立大学のエリクソン博士が考案したもので、1つの分野でプロレベルになるには約1万時間の練習が必要であるという法則です。これは、あらゆる分野で成績の良いプロを調査した結果に基づいています。

1万時間は、1日3時間費やすと10年間かかります。平日8時間/日×5年弱に相当する時間数なので、「仕事で一人前になるために10年かかる」と言われるゆえんです。

 普段の日常生活から軽く出た程度の取り組み(軽負荷)では意味がなく1日のほぼすべての時間絞り込んだ対象に心血ぐことが条件で、プロスポーツ選手から音楽家・小説家などあらゆる分野に共通している法則だそうです

 

 絞り込んだ対象ということは、要するにほかの選択肢を捨てることを意味します。

スポーツ選手で言えば、恋愛を捨てる・友だちとの遊びを捨てる。芸人で言えば、アルバイトをやめる・高い家賃の家に住むなど、自らを追い込んで、崖っぷちに立たせて、一点に集中する。「腹をくくる」ということです。

 

 逆にいうと腹をくくれずにいる10年は、身につくものが乏しい10年といってよいのかもしれません。

 

 自分の場合を振り返ると、腹をくくれなかったときが一番不安だったように思います。

 

 私の弟は子供のころから映画が好きで、中学では映画の雑誌を定期購読し、高校では映画館に通い、大学では映画サークルに入り、ある切っ掛けでミュージシャンのMV制作に参加して、自分は制作側の才能はないと見切り、企画側に進むことを決め、制作会社に入ってゆきました。

 好きだからこそ、迷いなくまっすぐに突き進めたことが兄ながらうらやましく思えました。

 

 一方私は、大学に行く気もないのに親の勧めで浪人までして大学に行かせてもらいました。幼くして両親を亡くしながらも事業を起こした父親と朝から晩まで働く母親を見ていて、親の面倒は私が見なければならないと強く感じていました。

 ただし、事業を継ぐことにはどうしても抵抗があった。そのころは職場が荒れていたため、継ぎたくないと思っていました。

 

 私としては辛い決断でしたが25歳の時、このまま東京にいても親の面倒は見られそうもないと思い、下呂に帰ることを決めました。

 

 もともと好きで始めた仕事ではないため、弟がとてもうらやましく、気持ちも荒れていましたが、30歳を迎えようとする頃、「こんな気持ちのままでこの先生きてゆくのは嫌だ。自分に対して失礼だ」と思うようになりました。

 

 仕事を好きになるとはどういうことかを考えた時、人間国宝の作った器を見て感動できるのは、器を勉強した人しかわからない。勉強をしていない人にとっては100均の器も人間国宝の器も同じ器。つまり「物事を深めないと好きになれない」と感じ、いやいや働くのではなく、好きになるための努力をしようと思うようになりました。「この仕事を好きにならなければ自分が不幸になる。好きでやっている人もいるのだから、きっと好きになれる部分があるはずだ。」と腹をくくるようになりました。

 

 仕事を深めること=極めることと思っていましたが、私の場合は財務・労務・総務・営業・調理・接客・煎餅焼き・包装・それらの管理方法など様々な知識・スキルが必要で、おまけに社内で起こる様々なことに翻弄されていると、何かをひとつの事を極めるどころではありません。すぐにスペシャリストの道は無理で、オールラウンダーで生きてゆくしかないことがわかりました。

 

 オールラウンドということは、秀でたところがないということです。料理をやってきた職人には勝てませんし、営業をしてきた営業マンにも勝てません。自分の武器になるものが何もない中でどうやって戦ってゆけばよいのか。永らく辛かったことを思い出します。

 

しかし、今となって思えばオールラウンドで永くやってきたことが自分の強みになっているように思いそのことに満足しています。

 

 

料理人の出す店が潰れるのをいくつも見てきて思うことは、バランス感覚がないことです。

店は、商品力だけでは成立しません。接客力・集客力・財務力・企画力など様々な要素によって成り立っています。

私には特質した武器はありませんが、これまでやってこれたのはオールラウンドゆえのバランス感覚と正解にするまであきらめない粘り強さだったように思います。

 

 人生は一度きり、体はひとつしかありません。あれもこれも手に入れることはできません。

何かひとつに決めることは、そのほかの選択肢を捨てることです。

 

 一番いけないのは、決めきれずにズルズルとやっていることです。後ろ髪をひかれながら前に進もうとするようなものです。

  

 ひとつの事に決めるから、その選択を正解に導くまで頑張るしかない。退路を断つから粘れるのです。

決めきれない人には粘りがありません。粘れないから成果が出ない。成果が出ないからつまらない。いつまでも自分探しで悶々とするのです。

 

  経営学に「選択と集中」という言葉があります。 選択と集中は、企業の競争戦略上、得意とする、あるいは、得意としたい事業分野を絞り込み、そこに経営資源を集中して投入することを指します。

 人も全く同じです。選択とは決めること・集中とはそれに全てを賭けること。選択と集中ができないと中途半端なものになってしまうのです。

 

  早いうちからひとつに決めて極めた人ほど、あれもこれも手に入るようにできているようです。

スポーツ・芸術などで成功した人は、いろんなものを手に入れています。

 

 正解を探し続け、それが見つかるのは運です。

 一方、正解にしてゆくことは、技術です。技術は誰にでも確実に手に入れることができるものです。

 そして、その技術は様々なことに応用ができるものです。

 

 ある時弟が「好きだけでは仕事はできない」と言っていました。結局は、好きでいられる技術・正解に導く技術がないと好きな道でも通用しないのです。

 

 成果が上がらないときでも気持ちを切らさない技術・仲間とトラブった時でも収める技術・失敗してもそこから学ぶ技術・問題が発生しても落胆しない技術・新しいことにチャレンジする技術・他人を不快にさせない技術・他人に自分の意見を伝える技術・他人のペースに巻き込まれない技術・課題に向き合う技術・成功しても浮かれない技術・他人の成功を妬まない技術・小さなことにとらわれない技術・仲間を巻き込んで助けてもらう技術・・・・

 

  腹をくくるから、そうした技術が身につく。業務の技術などはほんの一部に過ぎず、実は業務以外の技術で人間の差が出るように思います。

 

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